ロードレース界は選手の世代交代に注目
昨年のロードレース界は、規格外の新人選手たちの活躍が目立ちました。彼らはもともとジュニアやU23時代から高い将来性が見込まれており「いずれは」プロトンの中心となると予想される世代です。ところが、そんな周囲の声より早く、2019年の彼らは期待を上回る成績を次々とあげていきました。「世代交代」は、あっという間にやってきたのです。
ロードレースを賑わした若手たちの一年
その象徴が、エガン・ベルナルのツール・ド・フランス初制覇です。22歳での総合優勝は史上3番目、戦後最年少の快挙でした。さらに20歳タデイ・ポガチャルはグランツール初挑戦のブエルタで総合3位とステージ3勝、23歳マス・ピーダスン(デンマーク/トレック・セガフレード)は世界選手権優勝を飾ります。グランツールもワンデーレースもU23世代の、規格外とも言える才能がビッグレースを席巻した年となりました。
台頭の2019年から飛躍の2020年代へ
彼らの勢いは今年も止まりません。シーズン開幕早々、レムコ・エヴェネプールはブエルタ・ア・サンフアンを、セルヒオ・イギータはツール・コロンビアを制して、その実力と才能が一過性のものではないことを見せつけました。中断後の2020年再開シーズンでも、多くの若手注目選手がグランツールやモニュメントのメンバーに名を連ねることが予想され、今年は特に目が離せないシーズンとなりそうです。
ロードレースも育成に注目! 目立つ若手選手の囲い込み
先日、UAEチームエミレーツが17歳のスペイン人、ファン・アユソと5年契約を結んだことがニュースになりました。トレックは18歳のジュニア王者クイン・シモンズを、イネオスはスペインの19歳カルロス・ロドリゲスを飛び級で獲得しました。いずれもすぐに結果を求めず、複数年でじっくり育成するのが狙いです。資金が潤沢でU23やジュニアの育成に力を入れているチームでは、こうした有望な若年選手の囲い込みを積極的に行っています。
未来のエース登竜門!ツール・ド・ラヴニール
今回紹介する選手の多くが、ツール・ド・ラヴニールというレースで好成績をあげていることにご注目ください。このレースは、U23の選手を対象にした最大のレースであり、いわば「U23版ツール・ド・フランス」という位置づけです。そして、この大会で結果を残した選手は、軒並みトップチームからの契約を勝ち取っており、世界を狙うU23の選手たちにとっては、是が非でもよいところを見せるべきアピールの場でもあるのです。
新世代の注目選手を象徴する3つのキーワード
そんなU23世代の若手選手を語る上で、注目すべきキーワードがあります。もちろん全ての選手に当てはまるわけではありませんが、現在と今後のロードレースの流れを知るうえでも押さえておきたい傾向でもあります。その3つとはコロンビアなどの「新興国」、シクロクロスなどの「異種目」そして我々の予想を超える若者の「規格外」の能力です。
キーワード①新興国
現在はロードレースでも国際化が進み、ヨーロッパの伝統的な自転車大国以外からも数多くの有力選手が育成、輩出されています。その代表格である南米コロンビアはナイロ・キンタナを始め多くの選手が上位に名を連ね、昨年ついにベルナルがコロンビア初のツール王者になりました。他にも、東欧のスロベニア、北欧のデンマークやノルウェー、ワールドチームを持つオーストラリアなど、ロードレース新興国から才能のあるU23世代が次々と名乗りをあげています。
キーワード②異種目
近年の特徴として、ロードレース以外からの種目、もしくはスポーツから転向してロードで結果を出す選手が増えています。有名なところではスキージャンプからのプリモシュ・ログリッチや、サッカーでU15代表の主将にまでなったエヴェネプール、MTB出身のサガンやベルナルが挙げられます。中でも近年際立つのがシクロクロスで、ワウト・ファンアールトやファンデルプールに至ってはロードとシクロクロスを並行して参戦し、いずれもトップレベルに君臨しています。
シクロクロス出身者はなぜ強い?
シクロクロスの選手が優れているのは、荒地でバイクを巧みに操る技術、狭いコースでタイミングを見逃さない判断力やアタックのキレなどです。短い時間で高出力を出し切る、シクロクロスで培われたパワーやスタミナが、ロードレースでもここ一番の勝負どころで絶大な威力を発揮します。こうして才能ある多くのシクロクロス選手がロードに進出して成功を収めています。
キーワード③規格外
時代が変わる瞬間、私たちはそれまでの常識では考えられない光景を目の当たりにします。2018年のジュニア世界選で、エヴェネプールは落車で喫した2分もの遅れを覆し、最終的に1分近い大差で勝利しました。昨年のアムステルゴールドレースでは、ファンデルプールが不可能とも思える追い上げの末に大逆転を果たします。彼らが見せつけた規格外の実力は、そのまま新しい時代の幕開けを告げるものでもあります。
注目の若手ロードレース選手①3人のトップランナー
ここからは2020年シーズン、さらにその先のロードレース界を担う才能豊かな注目の若手選手を紹介していきます。まずは、数多いる同世代の中から、規格外の才能や実績、カリスマ性で時代を牽引するであろう3人の若武者の名が挙げられます。
注目選手①エガン・ベルナル
- 生年:1997年(23歳)
- 国籍:コロンビア
- 所属:チームイネオス
主な戦績
2017年 | ツール・ド・ラヴニール総合優勝 |
2018年 | コロンビア選手権個人TT優勝 |
ツアー・オブ・カリフォルニア総合優勝・新人賞(当時最年少) | |
2019年 | パリ〜ニース総合優勝・新人賞 |
ツール・ド・スイス総合優勝・新人賞 | |
ツール・ド・フランス総合優勝・新人賞 |
エガン・ベルナル選手は、「やがてはグランツールを獲る逸材」ラヴニール優勝以来言われてきた才能が、早くも頂点を極めました。努力を惜しまぬ勤勉さ、チャンスを見逃さない賢さ、真面目で謙虚な人柄は誰からも尊敬を集めます。既に超一流の風格を備え、今後10年は彼を中心に時代が回ることになるでしょう。
注目選手②レムコ・エヴェネプール
- 生年:2000年(20歳)
- 国籍:ベルギー
- 所属:ドゥクーニンク・クイックステップ
主な戦績
2018年 | 世界選手権ジュニア個人ロード・個人タイムトライアル優勝 |
2019年 | クラシカ・サンセバスチャン優勝 |
ヨーロッパ選手権個人タイムトライアル優勝 | |
2020年 | ブエルタ・ア・サンフアン総合優勝 |
ヴォルタ・アン・アルガルヴェ総合優勝 |
レムコ・エヴェネプール選手は、規格外の走りでU23を飛び越した、20歳の麒麟児です。ワールドツアーで勝利を重ね、昨年早くもタイムトライアルのヨーロッパ王者に昇りつめました。TTのみならず、山岳でも無類の強さを見せ、スプリントでも勝負できる才能の塊です。その規格外の成長ぶりには、チームの育成も追いつきません。今年早くもグランツールデビューを控えるこの若者は、どこまで成長を遂げるのでしょうか。
注目選手③マテュー・ファンデルプール
- 生年:1995年(25歳)
- 国籍:オランダ
- 所属:アルペシン・フェニックス
主な戦績(ロードレース)
2018年 | オランダ選手権優勝 |
ヨーロッパ選手権2位 | |
2019年 | ドワルス・ドール・フラーンデレン優勝 |
アムステルゴールドレース優勝 | |
ツアー・オブ・ブリテン総合優勝(区間3勝) |
2017-2018 | ヨーロッパ選手権、オランダ選手権、シクロクロスW杯優勝 |
2018-2019 | 世界選手権、ヨーロッパ選手権、オランダ選手権優勝 |
2019-2020 | 世界選手権、ヨーロッパ選手権、オランダ選手権優勝 |
2018年 | クロスカントリーオランダ選手権優勝 |
2019年 | クロスカントリーヨーロッパ選手権優勝 |
マテュー・ファンデルプール選手は、シクロクロス、ロードレース、MTB。この3つに並行して参戦し、いずれも飛び抜けた成績をあげる規格外の3刀流です。ロードレースでは経験の浅さがネックですが、それでもワンデーや短いステージレースでは高い適応能力で勝利を挙げています。現在はシクロクロスやMTB中心でグランツール挑戦は、まだ先になりそうですが、その底なしの可能性は新しい時代の到来を予感させてくれます。
本記事での「若手」は、各グランツールなどで新人賞の対象となる、25歳(1995年生まれ)までを取り上げています。年齢、戦績、所属先などは2020年6月現在のものです。また各選手の日本語表記は「ciclissimo No.62 選手名鑑2020」(八重洲出版)に準じています。